小山薫堂、石神邑と出会う。

小山薫堂、石神邑と出会う。

心優しい二人が見守る、梅の郷の伝説。

心優しい二人が見守る、梅の郷の伝説。

「わしを祭って、石神鎮守草別大明神て唱えてよ。ほいたらここの土地は繁盛するように守ったげらよ」─ 遠い、遠い、昔。冬は梅の花見でにぎわい、夏は梅干づくりに精を出す石神の奥にある宮の谷に、たった1人でお堂を守る鎮守姫(ちんずひめ)という娘がいました。そんな彼女はある日、戦に負け、命からがら逃れてきた録部という侍を介抱します。やがて二人は恋に落ち、結婚しました。それから何年もの月日が過ぎ、この世を去った鎮守姫。録部はお世話になった気持ちを込めて墓を建て、供養しました。さらに数年後、今度は録部に天のお迎えがやってきます。そのときに残したのが、冒頭の言葉なのです。梅の郷には、今も大切に語り継がれる「鎮守姫」の伝説があります。

車一台すれ違えないような山道の先に、梅に選ばれた土地がありました。

車一台すれ違えないような山道の先に、梅に選ばれた土地がありました。

和歌山県田辺市の山奥に、たった13世帯の小さな集落があります。“梅に選ばれた土地”と称される石神邑です。標高400mの大蛇峰をはじめとする山々に囲まれたこの土地は、寒暖の激しい気候、水はけに優れた急斜面、降り注ぐ南紀の豊かな太陽、そして、微量にミネラルを含む海からの風と、およそ梅づくりに必要な条件がすべて整っています。「この地が梅を選んだのではない。梅がこの地を選んだのだ」。石神邑の人々は、口を揃えて言います。また、彼らはこの奇跡とも言うべき自然の恵みに敬意を表し、人や梅のことだけを考えるのではなく、共に生きる虫や草までも元気でなければならないと、化学肥料を一切使わない「共生栽培」を貫いています。

日本人にもういちど、「梅干はうまい」と言わせたい。

日本人にもういちど、「梅干はうまい」と言わせたい。

「僕はねえ、梅干で金儲けをしようだなんてこれっぽちも思ってないよ」。今年77歳になる“ケンちゃん”こと石神憲一さんは、その人生を梅づくりに捧げてきた梅農家のひとり。梅と共に生きる人だ。しかしそんなケンちゃんには、危惧していることが。それは、若い人たちがスーパーやコンビニで買って食べている梅干のほとんどが、外国産であること。「ただでさえ梅干を食べる人が減っているんだから、寂しいよね。僕たち石神邑の人間は、何代にもわたって梅干に助けられてきたんだ。だからね、お世話になった梅干が、日本人に忘れられてしまうなんて耐えられない」と言いました。「もう一度、梅干はうまい。と言わせたいよね。それで、梅干に恩返しできたらいいよね」。そのためには、今の栽培方法を180度かえてでも挑戦したいと力強く語ってくれました。

うまいから、だけではない。本気で応援したいと思った。

うまいから、だけではない。本気で応援したいと思った。

石神邑の梅干づくりを土づくりから流通まで一貫して担っている、株式会社濱田の濱田社長の自宅を訪れた小山。人懐っこい顔をしたおばあちゃんがお盆に乗せて運んできてくれたのは、奈良とその周辺で昔から食べられてきたという茶粥と、色の黒い梅干。聞けば、30年もののヴィンテージ梅干だといいます。塩分と酸味が強い、どこか懐かしい味の梅干を箸でほぐし、わさびと混ぜて茶粥に入れる・・・。それはそれは、なんともいえない美味しさでした。「おばあちゃん家に帰ってきたみたいな懐かしさを感じました。僕はこの人たちを“本当に応援したい”と思います」と意気込みを語った小山。こうして動き出した『ニッポンの食べる調味料をつくるプロジェクト』は、全3回でお届けします。

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